2017年2月19日日曜日

インド、瞑想のことあれこれ

可愛いにゃーこのいるお友達の家で、一緒にごはん。スパイスの効いたスープとわたしの作った炊き込みご飯。このくらいの量を1日2食で十分なんだろうな、と思いつつ美味しいものの誘惑には勝てないのです。



今までになく体調がよいこの頃、そんな時は偏食しても疲れてもまたもとの良い状態にすぐに戻ってこれるのです。「健康=戻ろうとする力」自然治癒力が高いほど健康といえますが、今のわたしは多分健康そのもの
今の状態が続いてくれますように( ˊᵕˋ )




先日、インドから帰国したばかりのヨガの先生と話したこと。
インドは本当に疲れる国です(笑)
信じられないほど崇高なものがあると思えば、その逆もまたしかり。滞在中は毎日ハプニングに見舞われながら、心安らぐ暇もない。年齢を重ねる毎に、体力的にもう無理かなあと思って、でもまた行ってしまうの繰り返し。

わたしのインドとの付き合いは、バックパッカー→仕事→ヨーガ、そしてここ数年は決まった療養施設で数週間、断食などヘルスケアを受けることが恒例となっていて、それが今のわたしの健康を支えてくれている。

日本でのヨーガは、体操=体を動かすことばかりがフォーカスされ、人気に伴い商業化されていることが残念です。インドでのアーサナの練習は、感覚体験中心のプラクティスであって、次に進むためのひとつの段階でありとてもシンプルです。そこにあまりこだわり過ぎたり、自分の大切な時間を無駄にしないように。ヨーガが与えてくれる本当の奥深さは人生の捉え方を丸ごと変えてくれます。

ヨーガを体系的に学ぶインドの学校で、瞑想のインテンシブコースに参加したヨーガ仲間のフィードバックがとても良かったので一部ここにご紹介します。先生はヨーガの心理学研究に長年携わってきた専門家であり、以下は瞑想の実践的指導の中で繰り返しでてきた言葉だそうです。インドには、豊かな知識を持ったさまざまなヨーガの専門家がいます。

「人間は自然である。
瞑想に始まりはない。
なにかが全身を通して、起こっている。
全身に注意を。
ただ感じる、ただ観る。
表現はしない。集中もしない。
心が迷ってもOK。
そのうち迷いはいなくなる。
気づきを続ける。
自然に任せる。自然が助けてくれる。
静寂を感じる。
これらを何度も何度も繰り返していたと思います。
瞑想に始まりも終わりもない。
常に続いている。
 コントロールしない。人間事体が自然であるということも
少しだけ、自分の体を通して感じられた気がする。
自分がつくった心の枠(制限)を超えていくには
目指すのではなく、自然と続けることで、
次のステップにいく。自動的に起こる。
という話も印象的でした。
誘導はつねに、
本人に起こっていることが主体であり、
誘導者は何も誘導していない、とういことが、B先生のすごいところなのだ、と思いました。」