2016年7月20日水曜日

瞑想について、引き続き

「瞑想」について、引き続き。



最近、大企業のトップや有名人が瞑想を取り入れていることで、「できる人」は「瞑想してる」ような報道や、集中力やパフォーマンスが向上するとか成功メソッドのような謳い文句もあり、瞑想の副産物として、確かにそれはそうなんですが、、

何かのアクションの次に必ず結果は伴いますが、私は、行為の結果への期待がないことが、瞑想することの素晴らしさだと思っています。

お金があるから幸せ、素敵な恋人がいるから幸せ、といった限定された幸福ではなく、何の条件付がなくとも私が私でいることだけを祝福できる、そんな幸福感を「瞑想」はくれます。

だから何度も座りたくなるんですね。

最初から長時間同じ姿勢で座り続けることはとても難しいです。何故なら、人間の身体と心は常に動き回る習性があるから。
そのために、アーサナとプラーナーヤーマで心身を沈静化して、その次の段階へと徐々に進んでいくのです。

仏教国タイでは、普通の人々がお寺に集い、お坊さんに悩み相談をしたり、思い思いに瞑想の練習をしていました。その風景はとても健康的に見え、日常に溶け込んでいました。
あまり「特別感」はない。


ヨガは精神性を土台としているだけに、胡散臭さや危うさは常につきまとい、「取り扱い注意」ですが、「どのように付き合っていくか」を常に自分に問うことで、人生の力強い味方になってくれると思います。判断基準は、日常感覚と離れていないかどうか、です。

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